
1900年初頭のアメリカ、カリフォルニアで暮らし、財をなした祖父が帰国し、資産家の娘として裕福な家庭で何不自由なく育った今井千恵は、当時、国内航空会社のスチュワーデスを退職した後、気ままなひとり旅で海外に出かけることが幾度もありました。
ひとり旅の途中で気に入ったもの、例えばパリで買った白とピンクの毛皮のコート、ミラノで買ったバッグやアクセサリー、スペインで手に入れたレザー製品、こうした何気ない彼女の海外の土産物を友人たちにせがまれて譲ることが多々ありました。幼い頃からアメリカ製の服を着て、家には海外で作られた蓄音機や置き時計があったという恵まれた環境で育った今井千恵の人並みはずれた上品なセンスと、ひとりで海外に出かける物おじしないおおらかな性格は、アメリカで暮らし帰国した祖父から受け継いだものかも知れません。
せがまれ譲ることが度重なり、また、友人たちの勧めもあって、今井千恵は1977年に、正式に輸入販売を目的とする貿易会社を設立します。フランス、イタリア、スペインからレザーファッション、バッグ、ベルト等を買い付けた小さな貿易会社は、そのセンスの良さと上品さですぐさま評判を呼びました。

今井千恵がファーデザイナーに転身する契機は、貿易会社を設立してまもなくのことでした。今井千恵は、ファーコートを自分でデザインして作ることを決心します。その理由を彼女はこう話しています。「毛皮は小さい頃から着ていて、人一倍愛着がありました。洋服には女性デザイナーがいましたが、毛皮デザイナーに女性がいないことも不満でした。また、海外で見た綺麗なミックスカラーに感動して、毛皮でそういうものができないかと思っていたことも、毛皮をデザインするきっかけになったかも知れません」。こうして1978年、今井千恵オリジナルファーの生産が始まりました。 今井千恵は、それまでファーデザインの勉強を正式にしたことはありませんでした。しかし、そのことが逆に革新的な製品を生み出すことになります。当時、毛皮の評価はフルレッターが高級毛皮の代名詞といわれ、毛皮のデザインは、原毛の風合いをただ生かすことに注力されていました。しかし、彼女の考えた毛皮は全く違うものでした。
「洋服のように軽く、鮮やかで、日常的に着られるもの」。今井千恵が考えたファーは、それまでの考え方に較べれば、革新的で画期的なファーでした。これは着る側の女性の発想から生まれたものです。肩にのしかかるように重いファーを軽くするために切って縫い合わせたり、裏地をなくし、1枚仕立てに、また、洋服のような鮮やかなカラーリングのためにファーを染める等、日常に着るモダンなファーを、今井千恵は目指しました。
彼女のアイデアは、これまでの毛皮製作の常識に明らかに挑むものでした。コートを軽くするために特殊な革のなめしの新しい技術開発が必要となり、鮮やかな色のモダンなコートを作るために丹念につなぎ合わせるという難しい作業が、長い時間をかけて繰り返されました。そして出来上がったのが、鮮やかなカラーリングで美しいモザイク柄をあしらった「モザイク・ドゥ・チエ」でした。さらに、少しでも軽くするために裏地をはずしたことで、表でも裏でもリバーシブルに着られる、まるでシルクのように軽い画期的なファーコートも生まれました。毛皮の新しい未来を予感させる革新的でモダンなコートは25年前にこうして誕生しました。

1978年、今井千恵はレザー製品の生産をスペインでスタートしました。毛皮はフィンランド、レザーはスペイン、(その後、イタリアでバッグ、革小物を生産)など、今では普通になった海外生産を、今井千恵は四半世紀以上も前に行っています。ロイヤル チエが、日本、アメリカ、カナダで販売され、世界的なブランドになったことを考えると、今井千恵がファーデザイナーとなって初めてデザイン・製作したロイヤルファーは、彼女にとって記念すべきブランドでした。
1982年は、今井千恵にとって大きな節目の年でした。美しい色のハーモニーと軽い革新的なファーコートはスタート直後から大きな反響を呼び、彼女は毎年コレクションを完済する決心をしました。また、創作の拠点をこれまでの福岡から東京に移すことも考えました。この年、ロイヤルファーの初めてのファー&レザーコレクションが東京と福岡で発表され、初の直営ショップが福岡にオープン、東京にオフィス開設と、大きな飛躍の年になりました。
1991年、今井千恵は、ロイヤルファーをそのまま残した形で、宮内庁御用達であったフタバファーを引き継ぐことになります。その時誕生したのが、ロイヤル チエです。ロイヤル チエのロイヤルという意味は、フタバファーを引き継いだ時点から、名実ともに日本の皇室御用達を意味したものになりました。
1999年、今井千恵は、インターナショナルな活動を目指し、初めてニューヨークでの毛皮コレクションに参加しました。その年の秋よりロイヤル チエはアメリカでの販売を開始しました。さらに、翌年にはアメリカ最大手の販売会社がロイヤル チエを買いつけ、2回目のニューヨーク毛皮コレクション参加直後の秋より、全米・カナダ120店舗での販売が始まりました。ニューヨークの評価は驚くほど高く、コレクションは世界一のファッション誌といわれるヴォーグなどで大きく紹介され、そうした高い評価が全米・カナダ120店舗の販売につながりました。日本人デザイナーのファーが、毛皮の本場であるアメリカ・カナダで販売されるのは、初めてのこと。また、今井千恵がニューヨーク毛皮コレクションで発表して以来、鮮やかな色の「モザイク・ドゥ・チエ」は、アメリカの毛皮に大きな影響を与えたと言われています。

現在ロイヤル チエ直営ショップは、東京帝国ホテル、ホテルニューオータニ東京、ホテルニューオータニ博多等にあり、コレクションは、東京、福岡、ニューヨークで開催されています。生産面では、フィンランドの毛皮工場、スペインのメッシュ工場、ミラノのバッグ提携工場と、インターナショナルなプロダクションシステムを確立しています。
全米・カナダで販売され、また、国内でトップの著名ファーブランドに成長したロイヤル チエは、今も鮮やかなカラーリングのコートを創造しています。フィンランド、スペイン、イタリアの提携工場にいる熟練した毛皮、革職人たちの製作技術、今井千恵のたぐいまれな革新的なデザインの才能、そして、恵まれた家庭で育った上品さが、ロイヤル チエの創造の源となり、同時に大きな魅力となっています。
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